住民の誇り

高校時代に、流山の全ての道を知っていると自負できるほど、市内を走り回った。

あれから25年、流山の町は場所によっては面影もないほど変わっている。

それでも、この一年弱の生活で、私はほとんど知らない道がないと言えるほど、

流山の道には詳しくなっている。

それでも、流山の地理が分かっているから流山の姿が分かっているわけではない。

今回の選挙戦で、多くの人に声をかけ、話をさせて頂いた。

そこから気づく事は、それぞれの「まち」に住む人たちが、自分たちの「まち」に

誇りを持っているということ。

それは新しい「まち」に住む人も、高齢化が進むとされる「まち」でも変わらない。

この「誇り」を、私は守っていきたい。

そしてその誇りのほとんど全てが、この緑豊かな環境と、人の社会との調和にあると

感じる。

流山市民の誇りを守るということは、森を守るということなのだと今更ながらに思い知る。

「森を守る」

それは簡単なことじゃない。

資本主義社会の中で森を守っていくということは、森を切り拓いて住宅にするよりも

森が付加価値を生み出す存在にしていく必要がある。

「できるか、できないか」ではなく。

「どうしたらできるか」を考えていく。

神戸から学んだ姿勢が、試されていると感じる。


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# by active_report | 2015-04-21 22:35 | 選挙期間

選挙戦3日目の夜明け

選挙戦3日目。

別に早く起きようと思って目覚ましをかけたわけではないのだが、

起床時刻は5時……。


選挙戦をたった2日やっただけで、このままでは身体が持たないと正直思った。

昨日から事務方の仕事を一切放棄して、11時に就寝。

長い睡眠時間を必要としているわけではないので、自然に朝5時に目が覚めてしまった。



早朝、駅頭に立っている候補者は、普通にこの時間には起きているのだろうから
特別早いというわけではないのだが、
さすがに身体の節々が痛い……



まだ火曜日、1週間が長そうだ。


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# by active_report | 2015-04-21 05:45 | 選挙期間


 市議会議員の議員定数削減問題に関連し、議員定数削減賛成派・反対派のそれぞれの主張を聞き、私はこの問題は単なる議員定数削減の問題ではなく、民主主義・議会政治に関して二つの大きな思想の潮流があることに気が付いた。



 それは、同じ考え方の人間が、それぞれ賛成派・反対派の双方に別れていることの気が付いたからだ。


 議員定数削減問題は、議員定数削減に賛成か反対かを判断する前に、ある一つの命題を考える必要がある。


『議員ひとり一人に質の高さを求めるのか、議会のシステムとしての機能を重視するのか」という命題だ。


 議員に質の高さを求めるとき、多くの人が議員定数は今の状態では多いと考え、議員定数削減に賛成を表明する。市民の声を市政に反映していくのに、議員の人数は関係ない。行政のチェック機能としてなら猶更、今の人数では多いと考えている。しかし中には、議員に質の高さを求めながら定数削減に反対を表明する人も居る。それは若い新人が、選挙に弱いという事実に寄る。質の高さを求めるとしても、議員としての素地がある若い候補者には、選挙になれた古参の議員は高すぎるハードルだと考えるからだ。



 一方で、議員の質よりも議会としてのシステムを重視する考え方がある。この考え方は極論すると議員は誰がなってもいいと考えている。人口に対して、何人くらいの議員が適当か。あるいは、党派として議会に何人欲しいといった考え方をする。そこに議員に質を求める視点はないと言っていい。そもそも政党公認の人選の経緯が不明だ。その党の中で選挙が行われているわけではない。コネ、ないしは論功行賞、あるいは順番と言った外からは分かりにくい理由で政党の公認が行われる。



 議員定数削減問題を俯瞰してみると、結局、能力・人格的に優れていると認められて議員になる人は議員定数削減を主張し、組織の中に居てシステムとして議員になっている立ち位置の人は定数削減問題に反対の意思表示をすると見て取れる。



 私は東日本大震災の被災地で活動しながら、システムというものが呆気なく崩壊する現場を見て来た。システムとして成り立っている議会は、有事の際に全く機能しない。また優れた人が集まって創りだされたシステムが、その人たちが抜けたあとに機能不全を起こす現場も、何度も目撃した。不測の事態や過度に荷重のかかった社会状況の中ではシステムは機能しないと言える。



 システムは、平時の穏やかな変化の少ない社会の中では人を選ばず、実に効率よく物事を処理していく。現在が平穏無事な社会なら、議会はシステムでも問題ないのだろう。しかし、現在の社会は激しい変化の中にあって、議会は変化する社会に対して社会システムを創造していかなければらない立場にある。このような状態の時には議会をシステムに頼ろうとすると対策が後手後手に回り、社会システムは機能不全を起こす恐れがある。



 議員定数削減問題から見えてくる、民主主義・議会政治における二つの潮流が、これから社会の中で問われてくるだろうと考える。





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# by active_report | 2015-04-20 22:40 | 選挙期間

選挙戦のセオリー

選挙戦2日目。

街頭演説も下書き無しのまま、5分ほどは話せるようになった。昨日と比べれば格段の進歩だ。



というよりも、下手に下書きを書くと、その文章に捉われてしまう。下書き無しの方が、自分の中にある素のままの考えが表に出てくることに気が付いた。

毎日、テーマだけ決めて街頭演説に臨むことにしよう。


選挙戦は戦争だ。自分の頭で考えて行動を決めなければ、戦には勝てない。セオリーのまま戦い続けては、セオリーの中で私は戦に負けてしまうだろうと思った。



昨日、今日と街頭演説に出かけて、私は自分の行動が一般的なセオリーのままに動いているということに気が付いた。

他の候補と、出くわすだけなら、37人も候補者がいるのだから仕方がないとも思える。だが、同じ候補者と何度も出くわすということになると、同じセオリーの中で動いているということになる。

自転車とハンディメガホンで動いている私が、アンプを付け、大きなスピーカーを付けた選挙カーに勝てるわけがない。



明日から私は、昨日今日とは違う戦い方をしていこうと決めた。

選挙を面白くする。

これが私の、選挙戦のテーマだ。





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# by active_report | 2015-04-20 21:13 | 選挙期間

街頭演説

選挙戦が始まった。



街頭演説に関しては躊躇していて、なかなか始められなかった。
今まで駅頭に立てなかったのも、この躊躇のためだろうということは自覚している。


だが……選挙戦が始まった以上は、四の五の言ってはいられない。
小型拡声器のボリュームを最大にして、街灯で話はじめた。



話始めてすぐわかったのは――
街灯演説は恥ずかしくもなんともないことだということ。
街頭演説など、基本的には誰も聞いていない。
堂々と、ゆっくりと話せばいいだけのことだと、すぐに理解した。

しかしこれは、経験しなかれば分からないことだろう。



車に乗って、歩行者から見えにくいところから
マイクで話す宣伝カー選挙から抜け出せない候補者の、
もしかしたら一面を見たのかもしれない。


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# by active_report | 2015-04-19 22:52 | 選挙期間