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政策交歓会 前夜

明日、政策交歓会が開催される。

どれだけ人が来るか……というよりも、

ここまで来たら、来た人に少しでも有意義な時間と感じてもらいたい。

政策交歓会に参加する候補者も、司会者も、主催者も

その一点に関しては立場を同じくする協働者と為り得る。

私自身の準備は整っているのか。

つまらない話にならないような工夫がどれだけできるか。

分りやすく説明できるのか。

政治活動、そして選挙の準備も、あるいはボランティア活動も

ここまでやれば大丈夫…というものがない。

難しい領域だ。


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by active_report | 2015-04-17 23:11 | 選挙が変らなければ、政治は変わらない!

毎日新聞社415日付朝刊を皮切りに、416日付朝刊の読売新聞、東京新聞と議員定数削減問題の是非を問う「流山市有志市民の会」の記事が報道された。

もちろん私は候補者の一人として、この取り組みは3月中に知っていた。そして私自身はこのステッカーを購入し、既にポスターに貼りつけている。



新聞記事の報道の仕方だと、議員定数削減を求める市民団体が、その実現の手法として各候補者に是非を問い、賛成の態度表明をする候補者にステッカーを貼ってもらうことによって有権者が認識しやすい様にする取り組みとして紹介されている。

だが、この取り組みの面白いところはそこではない。候補者が「これをします。あれをします。私は○○に取り組みます」というマニフェストからは候補者を選びにくい現状に対する市民からのテーゼなのだ。


候補者は何かに本気で取り組みたいから議員に立候補するのかもしれない。しかし、当選しなければならないという制約から、どうしても支持を取り付けやすい政策を一緒に掲げてくる。すると、どの候補者も似たり寄ったりのマニフェストになっているように見えてしまう。

違いはどこなのか?

それが見えてこなければ、有権者として選挙に対する関心が薄れてくる。


その違いを明確にできるポイントを探し、それを争点化することによって、候補者を色分けしていく。この取り組みはそういう意味を持っている。

非常に面白い、これからの可能性を持っている取り組みだけに、この記事に取扱には不満が残る。


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by active_report | 2015-04-17 07:15 | 選挙が変らなければ、政治は変わらない!

公開質問・回答続々

413日現在、以前届いた公開アンケートの回答が14通届いているらしく、

実行委員会HPでアップされている。



まとめてみようと思うとかなり大変だが……回答の仕方に個性が出ていて、なかなかに面白い。

私の回答も個性の出ている方だとは思うが、上には上がいるものだ。


あくまでアンケートだから、この設問に正解などない。

それを承知の上で、いろいろな人にも是非見てもらいたい。

意地の悪い設問……ではなく、それが当事者の目線なのだろう。

設問の中には、非常に応えにくいものがあった。

それにも関わらず、設問の枠組みの中で回答している候補者たちに

「まじめだなぁ」……と、頭が下がる。


http://souyu.jpn.org/ny/

是非一度、遊びにいってみてください。


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by active_report | 2015-04-13 23:57 | 選挙準備期間

議員定数削減問題の本質

県議会議員選挙中で、しかも雨続きということもあって、明確に議員定数削減問題に対し反対の意志表明をしている候補者と会って話をすることが出来た。

また、この問題に関しては市民活動家、現職議員、そしてこの問題に対して深く考えている有権者にも何人も会って話を聞く機会に恵まれている。

多くの人と話を重ねる中で、議員定数削減問題が抱えている問題の本質が見えてくる。それは民主主義・議会政治における二つの相反する思想の潮流の問題だという事だ。



大袈裟な言い様に聞こえるが、これは議会内で、議員レベルで結論の出る様な話ではないと考えた。主権者である市民の判断を仰ぐべき問題なのだろうと、本気で考える。


議員定数の削減に賛成の立場をとる人間が大別して2種類居る。1つは「議会など役に立たないから少なくていい」という意見。もう一つが、「議員の質が高ければ、こんなに人数が要らない」という意見。

議員定数削減反対の立場をとる人間も、大別して2種類居ると思われる。1つが、議員の数が多いほど市民の声を聞けるというもの。もう一つが、将来性のある若い議員が選挙に弱いということを問題視する意見だ。


議員自身の保身の問題はこの際論外として、この4つの意見の中に相反する2つの思想がそれぞれ入り乱れている。


1つは議員個人に高い質を求めていく考え方。そしてもう一つが、議員個人の質は――極論すれば――問題ではなく、議会の質を「システム」に求めていく考え方だ。

この相反する二つの思想を、ここでは仮に「議会議員資質論」と「議会システム論」と名付けておく。


「議会システム論」は、議員が何人居れば市民の声を相応に聞き取れるか、会派・党派として議会に何人居れば存在感と発言力があるかを考える。議員個人の質よりも、システムとしての議会の運用。システムとして会派・党派の意思決定が優先される。

この議会システム論の中で、一方で議員など役に立たないから少なくていい(一定の役割が担えるなら、議員数は必要ではない)という考え方が存在し、他方で一定数の議員数をシステムとして求めている。


「議会議員資質論」は、現在の議員のレベルが低いことを問題とする。議会をシステムと考えず、議員個々の能力が議会の質を左右すると考えている。定数を減らす過程の中で議員の質が高まる事。あるいは議員の質が高ければ、これほどの人数が要らないことを削減の根拠としている。ただ、この「議会議員資質論」の考え方を基本的には持っていながら、狭き門にしてしまうと新しい若い芽が育ちにくいことを問題として、定数削減に関しては慎重な見方が存在する。


私は、というと「議会議員資質論」側に立ち位置を置く。議員には、質の高さを求めていくべきだろう。これも時代によりけりだとは思うが、時代の変化が緩慢である、あるいは安定している場合は、議会はシステムであっても良いかもしれない。しかし、変化の激しい時代には、議会は社会的創造を担っていかなければならないと考えている。であるならば、議員の質を問題とすべきだろう。システムにチェック機能は求められても、創造力を求めることはできないだろうと考えるからだ。


実際には、この二つの思想のせめぎ合いの中で議員定数は決まっていくのだろう。主権者である市民とて、定数がいくつなら適当かという判断ができるわけもない。「議会システム論」の立場とてシステムとして何人必要かを明確に導き出しているわけではなく、今までの定数からシステムを作り上げただけのことだろう。一方で、あまりに狭き門にしないための意識が「議会議員資質論」の中でも起こるだろう。


一進一退の攻防を繰り返しながら、適正定数が次第に見えてくるということなのだろうか。


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by active_report | 2015-04-13 00:33 | 選挙準備期間

雨続きの県議選・選挙週間。

この連日の雨のおかげで……

コルクボードに貼られたto doメモが、どんどん減っていく。
残りは全て、公示日以降のためのメモだけだ。


to doメモが減っていく一方で、晴れたらすべきことが

山の様に積み上がっていく。

天候は、都合よく巡ってはこない。

選挙公示日前に発行するweekly-aiの入稿が、

今日で全て完了した。

たかが9号、されど9号。

この9枚のペーパーに著してきたものは、

今の私の粋に近いと思う。



ここを新たな基点として次の世界を展望し、

そしてまたこの先の地図を描いていきたい。


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by active_report | 2015-04-11 01:03 | 選挙準備期間

震災支援活動をしていた時に気が付き

意識して気を付けていたことがある。


ボランティアは、自分のことに夢中で周りが見えなくなる傾向がある。

自分の周りで、誰がどんなことをしているのか……見えていない。

隣りと協働すれば、もっと効果的なことができるだろうに

自分で全てやろうとして、オーバーワークになってしまったりする例は

事例に事欠かない。



だからこそ私は、周りのことに常に気を配る工夫をしていた。

それが高じて、隣県にまでいく様になり、

宮城を出発点として岩手、福島と活動の場を移していく。


思うに、政治はボランティアの活動と多分に似ている。

やろうと思えばいくらでもやることがあり、

見て見ぬふりすれば、いくらでも手を抜くことができる。

議会に顔を出しさえすれば、議員として体裁は整う。


そして……周りが見えなくなりがち、というのも

ボランティアに似ているのかもしれないと感じる。

私は神戸が好きだ。

神戸の人たちが好きだから、神戸が好きになったとも思う。

だからひいき目のきらいはあるかもしれない。


けれどもやはり、神戸の人の問題意識のレベルは高い。

そしてそれが、震災を経験したが故の高さだと思えることも

多々ある。

同じように、東日本大震災を経験して、

東北の人の意識レベルは高まるだろうと思う。


日本の社会は、震災を経験するごとに進化している。

政策としてそれが、目に見えてくる。


災害のないのは、地域にとってはいいことだ。

だが、安穏としていれば、いつのまにか社会システムが

半世紀遅れていることになりかねない。


そんな危機感を、ここ最近感じている。


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by active_report | 2015-04-09 00:44 | 選挙準備期間

ウォーリーを探せ

市内の各所に、市議会議員選挙用の掲示板が設置され始めた。

初めて見るカタチの選挙掲示板は、縦に4列、横に10

40のマス目を持つ掲示板だ。



縦に4列もあると、最下段はひざ下に位置し

最上段は手を伸ばしても届かない。


番号はくじで決めるとは言え、最上段は最上段で

ポスターを貼るのに苦労し、少し小さいと文字も読みにくいだろう。


最下段は最下段で、ひざ下にあったのでは視界に入りづらい。

中段は中段で、目に留まりにくいかもしれない。


ポスターは大事だ――とは言われてきたが、

これではどんなポスターも目立つまい。


ウォーリーを探せ。

知人のポスターを見つけるのも、一苦労だ。


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by active_report | 2015-04-08 02:12 | 選挙準備期間

早いもので、Weekly【ai】の8号の入稿を済ませた。

8号は、7号の話を受けての記事を書いている。


8号を書きながら、幕末維新の頃に思いを馳せた。

維新の原動力と言えば薩摩・長州と名前が上がる。



島津も毛利も、戦国末期の有力大名であり、

江戸時代でも大藩として力を持つ。

幕末から維新にかけて、世の中が激しく変化していくとき、

力を持たない小藩は、果たしてどうしていたのだろうかと

考えてしまった。



震災での活動の縁から、私は神戸の情報にたびたび触れる。

神戸の意識が高く、取り組みがあまり高度なことに驚く。

今回、8号の記事を書くのに横浜の事情に触れ、

やはりその意識の高さと先進さに驚く。



同じ時代に、同じ日本にありながら、

どうしてここまで差がついてしまっているのだろうかと考えてしまう。



そんなことを考えた時に、

きっと幕末の頃も、薩摩や長州の先進さに、

驚く藩が多かったのだろうと思い至った。

現代で言えば、神戸や横浜は、さながら薩長のようなものなのかもしれない。



司馬遼太郎の『峠』に描かれる、長岡藩の河井継之助を思い起こす。

幕末維新の吹き荒れる風の中、小藩の立ち位置を考えた男だ。



千葉県の流山という、小さなまちに居て、地方政治を志し、

神戸や横浜との彼我の差に驚きながら、いま、流山の身の丈を考える。


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by active_report | 2015-04-03 23:58 | 選挙準備期間