「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:選挙準備期間( 21 )

公開質問・回答続々

413日現在、以前届いた公開アンケートの回答が14通届いているらしく、

実行委員会HPでアップされている。



まとめてみようと思うとかなり大変だが……回答の仕方に個性が出ていて、なかなかに面白い。

私の回答も個性の出ている方だとは思うが、上には上がいるものだ。


あくまでアンケートだから、この設問に正解などない。

それを承知の上で、いろいろな人にも是非見てもらいたい。

意地の悪い設問……ではなく、それが当事者の目線なのだろう。

設問の中には、非常に応えにくいものがあった。

それにも関わらず、設問の枠組みの中で回答している候補者たちに

「まじめだなぁ」……と、頭が下がる。


http://souyu.jpn.org/ny/

是非一度、遊びにいってみてください。


[PR]
by active_report | 2015-04-13 23:57 | 選挙準備期間

議員定数削減問題の本質

県議会議員選挙中で、しかも雨続きということもあって、明確に議員定数削減問題に対し反対の意志表明をしている候補者と会って話をすることが出来た。

また、この問題に関しては市民活動家、現職議員、そしてこの問題に対して深く考えている有権者にも何人も会って話を聞く機会に恵まれている。

多くの人と話を重ねる中で、議員定数削減問題が抱えている問題の本質が見えてくる。それは民主主義・議会政治における二つの相反する思想の潮流の問題だという事だ。



大袈裟な言い様に聞こえるが、これは議会内で、議員レベルで結論の出る様な話ではないと考えた。主権者である市民の判断を仰ぐべき問題なのだろうと、本気で考える。


議員定数の削減に賛成の立場をとる人間が大別して2種類居る。1つは「議会など役に立たないから少なくていい」という意見。もう一つが、「議員の質が高ければ、こんなに人数が要らない」という意見。

議員定数削減反対の立場をとる人間も、大別して2種類居ると思われる。1つが、議員の数が多いほど市民の声を聞けるというもの。もう一つが、将来性のある若い議員が選挙に弱いということを問題視する意見だ。


議員自身の保身の問題はこの際論外として、この4つの意見の中に相反する2つの思想がそれぞれ入り乱れている。


1つは議員個人に高い質を求めていく考え方。そしてもう一つが、議員個人の質は――極論すれば――問題ではなく、議会の質を「システム」に求めていく考え方だ。

この相反する二つの思想を、ここでは仮に「議会議員資質論」と「議会システム論」と名付けておく。


「議会システム論」は、議員が何人居れば市民の声を相応に聞き取れるか、会派・党派として議会に何人居れば存在感と発言力があるかを考える。議員個人の質よりも、システムとしての議会の運用。システムとして会派・党派の意思決定が優先される。

この議会システム論の中で、一方で議員など役に立たないから少なくていい(一定の役割が担えるなら、議員数は必要ではない)という考え方が存在し、他方で一定数の議員数をシステムとして求めている。


「議会議員資質論」は、現在の議員のレベルが低いことを問題とする。議会をシステムと考えず、議員個々の能力が議会の質を左右すると考えている。定数を減らす過程の中で議員の質が高まる事。あるいは議員の質が高ければ、これほどの人数が要らないことを削減の根拠としている。ただ、この「議会議員資質論」の考え方を基本的には持っていながら、狭き門にしてしまうと新しい若い芽が育ちにくいことを問題として、定数削減に関しては慎重な見方が存在する。


私は、というと「議会議員資質論」側に立ち位置を置く。議員には、質の高さを求めていくべきだろう。これも時代によりけりだとは思うが、時代の変化が緩慢である、あるいは安定している場合は、議会はシステムであっても良いかもしれない。しかし、変化の激しい時代には、議会は社会的創造を担っていかなければならないと考えている。であるならば、議員の質を問題とすべきだろう。システムにチェック機能は求められても、創造力を求めることはできないだろうと考えるからだ。


実際には、この二つの思想のせめぎ合いの中で議員定数は決まっていくのだろう。主権者である市民とて、定数がいくつなら適当かという判断ができるわけもない。「議会システム論」の立場とてシステムとして何人必要かを明確に導き出しているわけではなく、今までの定数からシステムを作り上げただけのことだろう。一方で、あまりに狭き門にしないための意識が「議会議員資質論」の中でも起こるだろう。


一進一退の攻防を繰り返しながら、適正定数が次第に見えてくるということなのだろうか。


[PR]
by active_report | 2015-04-13 00:33 | 選挙準備期間

雨続きの県議選・選挙週間。

この連日の雨のおかげで……

コルクボードに貼られたto doメモが、どんどん減っていく。
残りは全て、公示日以降のためのメモだけだ。


to doメモが減っていく一方で、晴れたらすべきことが

山の様に積み上がっていく。

天候は、都合よく巡ってはこない。

選挙公示日前に発行するweekly-aiの入稿が、

今日で全て完了した。

たかが9号、されど9号。

この9枚のペーパーに著してきたものは、

今の私の粋に近いと思う。



ここを新たな基点として次の世界を展望し、

そしてまたこの先の地図を描いていきたい。


[PR]
by active_report | 2015-04-11 01:03 | 選挙準備期間

震災支援活動をしていた時に気が付き

意識して気を付けていたことがある。


ボランティアは、自分のことに夢中で周りが見えなくなる傾向がある。

自分の周りで、誰がどんなことをしているのか……見えていない。

隣りと協働すれば、もっと効果的なことができるだろうに

自分で全てやろうとして、オーバーワークになってしまったりする例は

事例に事欠かない。



だからこそ私は、周りのことに常に気を配る工夫をしていた。

それが高じて、隣県にまでいく様になり、

宮城を出発点として岩手、福島と活動の場を移していく。


思うに、政治はボランティアの活動と多分に似ている。

やろうと思えばいくらでもやることがあり、

見て見ぬふりすれば、いくらでも手を抜くことができる。

議会に顔を出しさえすれば、議員として体裁は整う。


そして……周りが見えなくなりがち、というのも

ボランティアに似ているのかもしれないと感じる。

私は神戸が好きだ。

神戸の人たちが好きだから、神戸が好きになったとも思う。

だからひいき目のきらいはあるかもしれない。


けれどもやはり、神戸の人の問題意識のレベルは高い。

そしてそれが、震災を経験したが故の高さだと思えることも

多々ある。

同じように、東日本大震災を経験して、

東北の人の意識レベルは高まるだろうと思う。


日本の社会は、震災を経験するごとに進化している。

政策としてそれが、目に見えてくる。


災害のないのは、地域にとってはいいことだ。

だが、安穏としていれば、いつのまにか社会システムが

半世紀遅れていることになりかねない。


そんな危機感を、ここ最近感じている。


[PR]
by active_report | 2015-04-09 00:44 | 選挙準備期間

ウォーリーを探せ

市内の各所に、市議会議員選挙用の掲示板が設置され始めた。

初めて見るカタチの選挙掲示板は、縦に4列、横に10

40のマス目を持つ掲示板だ。



縦に4列もあると、最下段はひざ下に位置し

最上段は手を伸ばしても届かない。


番号はくじで決めるとは言え、最上段は最上段で

ポスターを貼るのに苦労し、少し小さいと文字も読みにくいだろう。


最下段は最下段で、ひざ下にあったのでは視界に入りづらい。

中段は中段で、目に留まりにくいかもしれない。


ポスターは大事だ――とは言われてきたが、

これではどんなポスターも目立つまい。


ウォーリーを探せ。

知人のポスターを見つけるのも、一苦労だ。


[PR]
by active_report | 2015-04-08 02:12 | 選挙準備期間

早いもので、Weekly【ai】の8号の入稿を済ませた。

8号は、7号の話を受けての記事を書いている。


8号を書きながら、幕末維新の頃に思いを馳せた。

維新の原動力と言えば薩摩・長州と名前が上がる。



島津も毛利も、戦国末期の有力大名であり、

江戸時代でも大藩として力を持つ。

幕末から維新にかけて、世の中が激しく変化していくとき、

力を持たない小藩は、果たしてどうしていたのだろうかと

考えてしまった。



震災での活動の縁から、私は神戸の情報にたびたび触れる。

神戸の意識が高く、取り組みがあまり高度なことに驚く。

今回、8号の記事を書くのに横浜の事情に触れ、

やはりその意識の高さと先進さに驚く。



同じ時代に、同じ日本にありながら、

どうしてここまで差がついてしまっているのだろうかと考えてしまう。



そんなことを考えた時に、

きっと幕末の頃も、薩摩や長州の先進さに、

驚く藩が多かったのだろうと思い至った。

現代で言えば、神戸や横浜は、さながら薩長のようなものなのかもしれない。



司馬遼太郎の『峠』に描かれる、長岡藩の河井継之助を思い起こす。

幕末維新の吹き荒れる風の中、小藩の立ち位置を考えた男だ。



千葉県の流山という、小さなまちに居て、地方政治を志し、

神戸や横浜との彼我の差に驚きながら、いま、流山の身の丈を考える。


[PR]
by active_report | 2015-04-03 23:58 | 選挙準備期間

事前審査・前夜

心理的には、もう選挙は大詰めを迎えている。

昨日、今日、明日と、立候補届けの事前審査が行われている。

この事前審査で、立候補届一式を整えてしまうのだ。

私の順番は、明日だ。

各種届け出用紙は、名前を書いて住所を書いて判子を押すだけだ。

それは見本を見ながら書けば、なんの問題もない。

問題があるのは、見本の無い提出物だ。

ひとつはポスター。

そしてもう一つは、選挙広報に載せる記事。

ポスターを見て投票を決める人は非常に多い。

ポスターは候補者の生命線だ。

選挙広報をどれだけの人が見るかは分らない。

けれども、これは市内全戸に配られるものだ。

どちらも市内全域……私自身では手の届かないところにまで

情報が行き渡る。

この二つに関しては、気を配らざるを得ない。

神経も、時間も、相当に費やした。

明日の事前審査に備え、ようやく一通りの書類が整った。


[PR]
by active_report | 2015-03-31 23:59 | 選挙準備期間

父になるなら流山?

桜の花がほころび始めている。

あじさいの芽吹く若葉にも、春の勢いを感じる。

ツツジの鮮やかなピンクに、思わず歩を止める。



若い人と話す機会があった。

30代の男性だ。

流山市に移り住んできた子育て世代の一人だ。



仕事は東京だ。

平日の日中は仕事で東京に行き、

帰宅するのは夜遅い。


休日は家でのんびり過ごす。

あるいは家族でドライブに行く。


流山に知り合いが居るわけではない。

流山で友達づきあいもない。

とくに、なにも問題を感じない。


彼の住む場所が流山である必要性は、どこにもない。


流山が目指している街とは、いったいどんな街なのだろうか?





[PR]
by active_report | 2015-03-28 23:56 | 選挙準備期間

流山の、春の賑わい

日めくりのカレンダーを捲る度に

増えて行く数字と減っていく数字がある。



季節は春へと進み、

投票日まではついに残り30日となった。



18
時でも明るい空が、もう一踏ん張りと私の背中を押す。

だが、どこまでやっても、戦に絶対は無い。



それでも風向きが変わったのを感じる。

昨日――326日の天声人語――の記事は、良い風だと感じる。



冬の眠りから覚めた草木が、勢いよく芽吹き始める季節だ。

これからが春本番だ。

賑やかな季節が訪れる。


[PR]
by active_report | 2015-03-27 23:46 | 選挙準備期間

折り返し地点

強く冷たい風の一日。

庭の桜の花びらが、どんどんと散っていく。

桜の花は、本当に短い。

けれども短いからこそ、それを知っているからこそ

愛おしいとも思えるのかもしれない。


花一つに花びら5枚。

花吹雪は、満開の桜の5倍は美しい。



たった一週間の命なのは、選挙もまた同じだ。

貼られるポスター、選挙活動の日々は

1週間の命しかない。


掲示板に貼られるto doリストの張り紙がどんどん増える。

こなしきれるのか?

一抹の不安がよぎる。

選挙戦は、もう折り返しに入っている。


[PR]
by active_report | 2015-03-24 23:32 | 選挙準備期間