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民主主義・議会政治における二つの思想の潮流について


 市議会議員の議員定数削減問題に関連し、議員定数削減賛成派・反対派のそれぞれの主張を聞き、私はこの問題は単なる議員定数削減の問題ではなく、民主主義・議会政治に関して二つの大きな思想の潮流があることに気が付いた。



 それは、同じ考え方の人間が、それぞれ賛成派・反対派の双方に別れていることの気が付いたからだ。


 議員定数削減問題は、議員定数削減に賛成か反対かを判断する前に、ある一つの命題を考える必要がある。


『議員ひとり一人に質の高さを求めるのか、議会のシステムとしての機能を重視するのか」という命題だ。


 議員に質の高さを求めるとき、多くの人が議員定数は今の状態では多いと考え、議員定数削減に賛成を表明する。市民の声を市政に反映していくのに、議員の人数は関係ない。行政のチェック機能としてなら猶更、今の人数では多いと考えている。しかし中には、議員に質の高さを求めながら定数削減に反対を表明する人も居る。それは若い新人が、選挙に弱いという事実に寄る。質の高さを求めるとしても、議員としての素地がある若い候補者には、選挙になれた古参の議員は高すぎるハードルだと考えるからだ。



 一方で、議員の質よりも議会としてのシステムを重視する考え方がある。この考え方は極論すると議員は誰がなってもいいと考えている。人口に対して、何人くらいの議員が適当か。あるいは、党派として議会に何人欲しいといった考え方をする。そこに議員に質を求める視点はないと言っていい。そもそも政党公認の人選の経緯が不明だ。その党の中で選挙が行われているわけではない。コネ、ないしは論功行賞、あるいは順番と言った外からは分かりにくい理由で政党の公認が行われる。



 議員定数削減問題を俯瞰してみると、結局、能力・人格的に優れていると認められて議員になる人は議員定数削減を主張し、組織の中に居てシステムとして議員になっている立ち位置の人は定数削減問題に反対の意思表示をすると見て取れる。



 私は東日本大震災の被災地で活動しながら、システムというものが呆気なく崩壊する現場を見て来た。システムとして成り立っている議会は、有事の際に全く機能しない。また優れた人が集まって創りだされたシステムが、その人たちが抜けたあとに機能不全を起こす現場も、何度も目撃した。不測の事態や過度に荷重のかかった社会状況の中ではシステムは機能しないと言える。



 システムは、平時の穏やかな変化の少ない社会の中では人を選ばず、実に効率よく物事を処理していく。現在が平穏無事な社会なら、議会はシステムでも問題ないのだろう。しかし、現在の社会は激しい変化の中にあって、議会は変化する社会に対して社会システムを創造していかなければらない立場にある。このような状態の時には議会をシステムに頼ろうとすると対策が後手後手に回り、社会システムは機能不全を起こす恐れがある。



 議員定数削減問題から見えてくる、民主主義・議会政治における二つの潮流が、これから社会の中で問われてくるだろうと考える。





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by active_report | 2015-04-20 22:40 | 選挙期間