『峠』 ~小さなまちの 立ち位置を考える~

早いもので、Weekly【ai】の8号の入稿を済ませた。

8号は、7号の話を受けての記事を書いている。


8号を書きながら、幕末維新の頃に思いを馳せた。

維新の原動力と言えば薩摩・長州と名前が上がる。



島津も毛利も、戦国末期の有力大名であり、

江戸時代でも大藩として力を持つ。

幕末から維新にかけて、世の中が激しく変化していくとき、

力を持たない小藩は、果たしてどうしていたのだろうかと

考えてしまった。



震災での活動の縁から、私は神戸の情報にたびたび触れる。

神戸の意識が高く、取り組みがあまり高度なことに驚く。

今回、8号の記事を書くのに横浜の事情に触れ、

やはりその意識の高さと先進さに驚く。



同じ時代に、同じ日本にありながら、

どうしてここまで差がついてしまっているのだろうかと考えてしまう。



そんなことを考えた時に、

きっと幕末の頃も、薩摩や長州の先進さに、

驚く藩が多かったのだろうと思い至った。

現代で言えば、神戸や横浜は、さながら薩長のようなものなのかもしれない。



司馬遼太郎の『峠』に描かれる、長岡藩の河井継之助を思い起こす。

幕末維新の吹き荒れる風の中、小藩の立ち位置を考えた男だ。



千葉県の流山という、小さなまちに居て、地方政治を志し、

神戸や横浜との彼我の差に驚きながら、いま、流山の身の丈を考える。


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by active_report | 2015-04-03 23:58 | 選挙準備期間